東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)376号 判決
一 請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。そこで、審決取消事由の存否について判断する。
1 原告は、まず、引用例2の発明における「黒曜石等」は膨張性材料であるのみならず、耐火性断熱材でもあるとし、審決のいう如くこの「黒曜石等」に代えて引用例1に示された膨張剤としての「酸処理された黒鉛」を選択使用すると、本願発明における耐火性断熱材に相当するものがなくなつてしまうことになる旨主張する。
ところで、引用例2(成立について争いのない甲第四号証)は「アルミ系押湯保温剤を主剤とし、これに黒曜石又は真珠石あるいは蛭石の如き鉱物の一種又は数種を添加剤として混合することを特徴とする造塊用保温材料」(特許請求の範囲の項)に関する発明であり、その発明の詳細なる説明の項には「金属アルミニウム粉一五%、酸化アルミニウム粉三四%、酸化鉄粉一八%に僅量三%の硝カリウムを混合したものをもつてアルミ系主剤とし、これに黒曜石三〇%を添加混和して本発明実施の保温材料Aを作り」(甲第四号証右欄三行ないし六行)と記載されていることが認められる。しかして、右の記載によれば、引用例2のアルミ系押湯保温剤たる主剤は、アルミニウム粉、酸化アルミニウム粉(アルミナ粉)及び酸化鉄粉を含むものであり、このうち、アルミニウム粉と酸化鉄粉とは、本願発明における発熱性材料に該当し、また酸化アルミニウム粉(アルミナ粉)は、本願発明における耐火性断熱材料に該当するものであると認められる。このことは、本願発明に係る特許公報(成立について争いのない甲第二号証)にも、「発熱性の材料としてはなるべく酸化し易い金属(例えば、アルミニウム……)」(二欄二行ないし五行)との記載や「耐火性の断熱材料としては、例えば、……アルミナ」(二欄三四行ないし三五行)との記載があることからも明白である。このように、引用例2の発明におけるアルミ系押湯保温剤たる主剤は、発熱性材料と耐火性断熱材料との両者を含むものであるから、これと異なる理解に立つ原告のこの点の主張は採用できない(引用例2――一頁右欄下から五行目――には「黒曜石自体は耐火度の高いものである」と記載され、この記載によれば、引用例2においては、黒曜石は、原告主張のように、膨張材料としてのみならず、耐火性断熱材としても把握されているものと認められるが、だからといつて引用例には他に耐火性断熱剤料が含まれていないということにはならない。)。
2 原告は、引用例2の発明の特許出願公告時点における特許請求の範囲には、「黒曜石又は真珠石あるいは蛭石の如き鉱物の一種又は数種を添加剤として混合する」との記載があつたが、出願公告に対する異議申立があつた結果、右記載は「黒曜石又は真珠石の一種又は二種を添加剤として混合する」と訂正され、右訂正の結果、引用例2において混合される添加剤は黒曜石又は真珠石に限定されることになつた旨及び引用例2の発明は、右の経過により、主剤としての発熱性アルミ系押湯保温剤に右のようにして限定された黒曜石又は真珠石を添加剤として添加することによつて始めて所望の結果が得られるとするものになつたところ、一口に保温材料といつてもその材質及び作用の如何は鋳塊の品質に大きく影響するものであるから、引用例2において黒曜石が膨張するからといつて、これに代えるに他のいかなる膨張し得る材料をもつてしても保温材として使用できるものとすることはできず、また、引用例1に開示された技術は、従来用いられてきた非炭素系保温材料を用いずに酸処理黒鉛のみを用いることにより従来技術より優れた結果を得ているものであるから、この酸処理黒鉛を他の材料に添加剤として混合するというような発想は引用例1の記載からは出て来ないはずである旨主張する。
そこで考えるに、引用例2(前掲甲第四号証)には、「本発明は造塊工業上この保温材料の消耗経費が相当の額に上りかつ保温材料の材質及び作用の如何が鋳塊の品質に大きく影響することに鑑み良質でしかもその消耗費を従来の約半額に引き下げうる保温材料を提供せんとしたものである。すなわち、本発明保温材料はアルミ系保温剤を主剤としこれに黒曜石又は真珠石あるいは蛭石の如き鉱物の一種又は数種を添加剤として混合することを特徴とするものであり、もつて従来使用量の約半量で従来と同等の保温効果を挙げ、しかもシリコン系保温剤の如く深い偏析を生ずることのない良質保温材料を提供せんとしたものである。」(一欄一三行ないし二欄二行)と記載されており、これによれば、引用例2の発明は、従来使用の約半量で従来と同等の保温効果を挙げる保温材料を得ることを目的とし、その目的を達成するために、黒曜石、真珠石あるいは蛭石の如き熱により膨張する性質を有する鉱物を主剤たるアルミ系保温剤の添加剤として使用することをその内容とするものであると認められる。一方、引用例1には、加熱した時膨張する性質を有する酸処理黒鉛が押湯保温材料として使用されること、更に具体的には、この膨張性のある黒鉛が溶融金属に接触すると、元の容積の約二〇倍ないし約六〇〇倍に、通常でも約二〇〇倍から約六〇〇倍に膨張して、その結果、優れた絶縁体として作用し、実質的に均一な溶融金属の冷却を保証するものであることが示されている(成立について争いのない甲第三号証二欄三五行ないし四三行)。そうすると、引用例2に記載されている黒曜石、真珠石あるいは蛭石の如き熱により膨張する性質を有する鉱物を添加剤として用いる代わりに、それよりも前叙のとおり膨張率の更に優れた引用例1に示された酸処理黒鉛を添加剤として使用するときは保温効果を低下させることなく、その使用量を低減させることとなるであろうということは、当業者ならば容易にこれに想到しうることであると認められる。
原告は、引用例2の発明の特許請求の範囲の記載は、出願公告に対する異議申立に伴つて原告主張の如く訂正されたというが、その訂正によつて引用例2に記載された発明のうち熱によつて膨張する性質を有する黒曜石又は真珠石の添加剤が他のいかなる熱によつて膨張する性質をもつ材料によつても代えることのできない性質のものに転換したものであることを示す証拠はないから、このことを前提とする原告の前記主張は理由がない。
また、引用例1には、そこに記載されている酸処理黒鉛の保温効果が、酸処理黒鉛を他の材料と共用するときには失なわれてしまう旨が書いてあるわけではなく、そのように解すべき根拠もないから、そこには引用例2における膨張材としての黒曜石等に代えて引用例1の酸処理黒鉛を用いることが可能であるという思考を排除すべきものは何もない。
3 原告は、本願発明の明細書の記載を引いて、本願発明はパイプ発生防止用組成物として酸処理された黒鉛のみを用いることによつて得られる結果は不満足なものであるとの認識から出発しているものであるから、酸処理黒鉛のみを用いる引用例1に引用例2を結びつけて、これらの引用例から本願発明に想到することは容易であるとすることはできない旨主張する。
しかしながら、引用例2には前認定のとおり、本願発明におけると同じ発熱性の材料及び耐火性断熱材料が記載されており、膨張材料として黒曜石等が記載されているのであるから、その黒曜石等の代りに酸処理された黒鉛を用いることは、膨張材料としての酸処理黒鉛を他の材料と共に用いることになり、したがつて、「引用例2の保温材料を構成する成分のうち、膨張する材料として黒曜石等に代えて引用例1に示されている膨張性のある酸処理黒鉛を選択することは当業者が容易になしうること」とした審決の判断に誤りはない。
三 以上のとおり原告の主張はいずれも理由がなく、審決にはこれを取消すべき違法の点はない。
よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。
〔編註〕 本願発明に関する事項は左のとおりである。
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和四五年一一月二五日、一九六九年(昭和四四年)一一月二五日のイギリス国への特許出願に基づく優先権を主張して、名称を「パイプ発生防止用発熱材料」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(特願昭四五―一〇三五七〇号)をし、昭和四七年六月三日出願公告(特公昭四七―一九五一一号)されたが、昭和五三年一二月六日拒絶査定を受けた。そこで、原告は、昭和五四年四月二三日、審判を請求し、昭和五四年審判第四〇八〇号事件として審理された結果、昭和五五年八月四日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決がされ、その謄本は同月一三日原告代理人に送達された。
なお、原告のための出訴期間として三か月が附加された。
2 本願発明の要旨
耐火性断熱材料と、発熱性材料と、重量にして一~五〇%の膨張していない酸処理黒鉛とを有するパイプ発生防止用組成物。